最優秀賞受賞作品④
ぼくは、今
                          下村 青生

 ぼくは、いじめられています。
 ぼくは、バイキンですか?毎日おふろに入っているし、歯みがきも顔もあらっています。
 ぼくは、バイキンですか?学校から帰ってきたら、手あらいうがいもします。
 ぼくが近づくとみんながにげて行きます。そして笑います。ぼくのむねは苦しくなって、頭の中は、真っ白になります。
 ぼくは、どうしてバイキンなんですか?だれか、ぼくに教えて下さい。
 ぼくのななめ後ろの席の女の子が、ぼくの顔をチラッと見て、それから周りにいる女の子達と一緒になって話します。ヒソヒソ声なのに、ぼくの耳にはその声が聞こえてきます。
「あいつウザいんだよね。こっちくるな。」
 初めは、ぼくの事を言っていると思いませんでした。だって面と向かって悪口を言われた訳じゃないしなぐられた訳でもないから。だけどヒソヒソ声が大きくなってきて、二・三人だった女の子の輪に、クラスで人気の男の子達が加わって、それからクラスの半分がぼくの顔を見たら逃げて行きました。
 ぼくは、ぼくが今いじめられている事に気づきました。むねがいたいです。ギューとにぎりつぶされて死んでしまうんじゃないかと思いました。なみだが出そうになるのにギリギリで出ません。「助けてー!」って大声でさけびたいのに声が出ません。ぼくの体は、どうしてかぼくの言う事を聞いてくれません。
 だけど、先生は知りません。だって先生のいない所で、ぼくをいじめるから。
 ある日ぼくはダメになりました。いつも通り学校から帰って、お母さんがぼくに
「宿題しなさい。」
 と言ってドリルを開いたら、なみだが出てきました。そして、いつも通りのお母さんの声を聞いたら、なみだが全然止まりません。
「学校に行きたくない。こわい。」
 初めて声に出せました。声がふるえました。
「よくがんばった。お母さんに任せとき。」
 そう言って、お母さんはぼくを力いっぱいだきしめました。悲しくてなみだが出るのか、うれしくてなみだが出るのか、ぼくは訳が分からなくなって、顔がぐちゃぐちゃでした。
 お母さんは、すぐに学校に電話をしました。担任の先生のほかにも校長先生にもしました。
「どうして校長先生にも電話をしたの?」
 と聞くと、お母さんは、
「いじめは、とても大変な問題だから、色んな人達の目で色んな方向から見て解決していかなければダメなのよ。」
 と言いました。
 月曜日ぼくは学校を休みました。先生が、
「気持ちが楽になるまで休んで大丈夫だよ。」
 と言ってくれました。ほっとしました。なぜなら学校がこわいからです。大好きな金魚のお世話をして過ごしました。昼からお母さんと一緒に神社にお参りに行きました。「どうか神様ぼくを助けて下さい。」いっぱいいっぱいおねがいしました。どうか神様に、ぼくのねがいが届きますように。
 夜、校長先生と担任の先生が家に来ました。みんなで話をしました。もちろんいじめの話です。先生が言いました。
「いじめていた一人一人に話をしようと思いましたが、クラスの半数がいじめに関わっているという事でむずかしいとはんだんし、クラス全体に話をしました。いじめは人として絶対にしてはいけない事を、自分自身がそんな思いをしたらどれだけきずつくかという事。クラスのみんなにきつく言いました。心にひびいている子も、いない子もいます。だからかい決するまで先生は君のそばにいます。クラスには、君の事が大好きで心配している友達もいます。明日、こわいかも知れませんが学校へ来てくれませんか?」
 心が迷います。なぜならこわいからです。次に校長先生が言いました。
「どんな理由であれ、いじめは絶対にしてはいけません。先生達全員で君を全力で守ります。何かいやな思いをしたら、すぐに話して欲しい。」
 最後にお母さんが言いました。
「こわい気持ちは良く分かる。だけど明日一度学校へ行ってみない?待ってくれている人のために、勇気を出して進んでみない?朝だけでもいいから、お母さんが教室まで一緒に行ってあげるから。」
 話し合いが終わり先生達が帰りました。帰った後ぼくは泣きました。なみだとはな水で、ぼくの顔はまた、ぐちゃぐちゃです。
「こわいよ。みんなの目がこわいよー。」
 お母さんは、やさしくせ中をなでます。
「強くなりたいけど強くなれない。お母さんみたいになれない。ずっとにげていたい。」
 お母さんは、せ中をなで続けます。
「お母さんだって最初は弱かったよ。一人ぼっちだって思ってた。だけど周りに自分の事が大好きだっていってくれる人達がいるって気づいて、その人達のためにも笑顔でいようと思ったの。それと、守るものがいっぱいあるから、お母さんは強いのよ。あなたもきっと強くなれる。」
 と言いました。なみだが止まり、ちょっと勇気が出ました。おなかに力が入りました。
「明日、学校へ行く。」
 ぼくは言いました。「大丈夫こわくない。きっと神様も見ててくれるはず。」
 火曜日、学校に行きました。学校に着くと、ぼくの親友が登校して来ました。手をふってかけ足できてくれました。校長先生も笑顔で、
「おはよう。」
と言いながらきてくれました。あんなにこわかった学校が少し楽しく感じました。そして、一人じゃない事に気づきました。だけど、教室の前まで来ると足が動かなくなります。先生の周りには、みんなが楽しそうに集まっています。ぼくのななめ後ろの席には、ぼくをいじめている女の子がいました。
 ぼくのむねが、またにぎりつぶされそうになります。足は重くなって動きません。そんな時、せ中をお母さんがポンとたたきました。
「あなたは何も悪くないし、決して一人じゃないんだから。そして、教室ではむねをはってどうどうとふつうに過ごすの。」
 と、ぼくの耳元で言いました。「どうか神様ぼくに力を貸して下さい。」と心の中で神様にもおねがいしました。お母さんがぼくの手をにぎって教室に入ります。
「先生おはようございます!」
 お母さんは、みんながびっくりするような大きな声であいさつをしました。みんなが、こっちを見ます。ぼくの心ぞうはドキドキしっぱなしです。そしてお母さんは教室のみんなを見回してから、また先生に大きな声で言いました。
「うちの子をどうぞよろしくおねがいします。」
 ぼくのお母さんは強いです。ぼくも強くなってみせます。だってぼくはお母さんの子供だから。先生は、ぼくの頭をクシャとなでながら
「よく来てくれた。本当にうれしいよ。ぜっ対に守るから、安心して楽しく学校に通えるように、先生は全力でがんばるからね。」
 と笑い泣きの顔で言ってくれました。ぼくは一人ぼっちなんかじゃないんだ。机の上にランドセルを置くと、親友が、
「君のお母さんてすごいね。」
 と目を大きくして言いました。ぼくはむねをはって大きな声で、
「すごいよ。最強のお母さんだからね。」
 と笑って言いました。神様ぼくに力を貸してくれてありがとう。

 いじめは絶対にしてはいけません。
 本当に本当につらかったです。悲しかったです。さびしかったです。心がこわれそうでした。いじめた人達からは
「ごめんなさい。」
の言葉はなかったけれど、ぼくは本当に大切な事に気づく事が出来ました。
「助けて。」って言える勇気を持つ事。
 ぼくは一人じゃないって事。
 ぼくを「大好き。」と言ってくれる人が、ぼくが思っているよりたくさんいた事。
 たくさんの「大好き。」に会えたから、ぼくは前より少し強くなりました。ぼくは、ぼくの事を「大好き。」って言ってくれる人達のために、ぼくのこれからの人生を笑顔で生きたいです。

 ぼくは、今
 いじめられていません。   



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